草花の救出

  • 2020.09.15 Tuesday
  • 23:43

 

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           (現在)

 

 

 この前記事に書きましたが、本堂の前を通る道路と歩道が舗装し直されるということ、そのために街路樹が植えられていたところが潰されてしまうということで、その場所にご門徒からいただいた花などを植えていた私は、それらを大急ぎで移動しなければならないことになりました。与えられた時間はおよそ一週間。

 

 結局、すべてを救い出すことはできませんでした。今振り返ってみると、真っ先に救い出したのは、一番見栄えのいい花。そして、根が浅くて掘り起こしやすい花・・・。自分の都合優先の救出劇であったように思います。根っこがアスファルトのすきまの下にあって、どうしても掘り出すことできなく諦めたものもありました。(このものこそ真っ先に救おうとするのが如来の大慈悲心なんだろうな)そのときふと思いました。

 

 慈悲の心と救いについて、『歎異抄』の中に、親鸞聖人のこんなお言葉が伝えられています。

 

「慈悲について、聖道門と浄土門とでは違いがあります。聖道門の慈悲とは、すべてのものをあわれみ、いとおしみ、はぐくむことですが、しかし、思いのままに救い遂げることは、きわめて難しいことです。

 一方、浄土門の慈悲とは、念仏して速やかに仏となり、その大いなる慈悲のこころで、思いのままにすべてのものを救うことをいうのです。

 この世に生きている間は、どれほどかわいそうだ、気の毒だと思っても、思いのままに救うことはできないのだから、このような慈悲は完全なものではありません。ですから、ただ念仏することだけが本当に徹底した大いなる慈悲のこころなのです。

 

 このように聖人は仰せになりました。」(歎異抄現代語版より)

 

 救おうとしても救うことができなかった思いを体験した人にとっては、浄土の慈悲心との出遇い自体が救いなのではないでしょうか。

 

 「自分」という枠を超えた、大きな救いのはたらきに気づかせてくださいます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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